1968年生まれ、東京都出身。
86年にフジテレビ系『夕やけニャンニャン』おニャン子クラブのオーディション合格。おニャン子卒業後は、女優・リポーター・講演活動などで活躍。主な出演番組に『キッズ・ウォー』(TBS系)『芸能花舞台』(NHK)『ちぃ散歩』(テレビ朝日系)など。 乳がん闘病を綴った『右胸にありがとう そして さようなら』(光文社)発売中。

公式ブログ
https://lineblog.me/akko1917/

——乳がんと診断するための検査が大変だったようですね。

 まず「穿刺吸引細胞診(せんしきゅういんさいぼうしん)」。この検査は、乳房内のしこりに針を刺し、注射器で吸い出してがん細胞を採取するんです。それも複数の方向から何度か注射器を入れます。

——そうした検査の結果、乳がんと診断され、2011年5月に乳房温存手術を受けました。

 このときは早期発見のおかげでがんが小さく、先生が乳輪にそって切ってくださったこともあって、目立たないくらいの傷跡で済みました。

——その年の夏には放射線療法とホルモン療法もスタート。

 放射線療法は、私のときは30回でした。放射線を毎日照射することで効果が現れると言われ、ほぼ1か月間、病院に通いました。遠方の方は病院の近くにホテルをとって通うそうですよ。
 ホルモン療法は現在も続いています。時間を決めて1日1回ホルモン薬を服用します。初めはしょっちゅう飲み忘れて、先生に「ごめんなさい」と謝ってばかり(笑)。日付を書いたピルケースを使い、朝一番で白湯といっしょに飲むと決めたら飲み忘れがなくなりました。最後の再発から5年間は投薬が必要らしく、2018年まで飲み続けることになります。

——その後、2012年に乳がんが再発して部分切除手術を受けました。さらに翌年の11月に乳がんが再々発して部分切除手術、12月に乳房全摘・同時再建手術。2015年には全摘した胸にシリコンを入れる乳房再建手術を受けています。この間もずっとお仕事を続けていたというのは、本当にすごいことだと思います。

 目の前のことを消化していくのが精一杯で、それほど大変だと思わなかったんです。番組の本番中、治療の傷跡が痛んだり、薬の副作用でだるかったり、汗をかいたりするのをごまかしながら、そのときは必死でした。
 むしろ、一番つらかったのは病気を隠していたこと。やはり、仕事の仲間に隠しごとをするのは罪悪感が先立ちます。精神的に、手術後の痛みよりもつらいと思いました。
 でもね、途中から、絶対に気づかれないことを楽しみにしようと考え方を変えたんです。「いつ見ても元気だよね」と言われて、「よし、今日もばれてない」って(笑)。そうやって一日一日を消化していく日々でした。当時の私に「よく頑張ったね」と言ってあげたいですね。

——誰にも言えないというのはつらいですね。

 本音を吐露できる相手は家族くらい。さすがに2回目の再発がわかったときは、全摘手術の前に、万一に備えて娘の小学校のママ友2人に本当のことを話しました。驚いてはいたけれど、「何かあったら預かるからね」と、頼もしい一言をもらえました。

——現在も経過観察が続いているとか。

 よく「5年生存率」という言葉を聞きますが、乳がんは進行がゆっくりなため10年経過を見たほうがいいそうです。今後も1年に数回は病院で診察を受けます。私は乳腺科と形成外科、それから乳がんに効く薬は子宮体がんを引き起こす危険があるということで、婦人科も受診します。すべてのがんに効く薬があればいいですよね。

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